war_kyu_nihonhei_rikugun

31: もっふるさん 2019/02/08(金) 06:11:00.31 ID:1GXNPrL+0
昭和30年台後半頃だな。
俺が小学生の時分。 

その頃は、こうまで暑い夏じゃ
なかった気がするが、今とは違って
エアコンもなかったから、 

夏休み中に暑い日が続くと
「氷穴に行こう」
ってじいさまに願ってな。
 
これは1日がかりで、じいさまの
その日の畑仕事をつぶしてしまう
ことになるんで、なかなかうんとは
言ってくれなかった。

だから行けたのは、ひと夏に一度
あったかどうか。

翌朝は握り飯を持ち、水筒に水を
入れて支度をし、早くに家を出るんだ。

当時の「早く」ってのは今とは
違ってほんとうに早くて、夏場なら
午前6時前だよ。

それから5時間ほどかけて、ふた山
超えた山の奥まで分け入る。

そこまでは獣道程度だが一本道が
ついてて、迷う心配はなかった。

ゆっくり歩いて11時前には岩山の
洞穴地帯に入る。

そこらは鍾乳穴と呼ばれる洞窟が
たくさんあってな、ごく浅いのが
ほとんどだったが、

深いのも何本かはあった。
むろんただの鍾乳穴でも中は
涼しいんだが、氷穴はそういうの
とはまったく違ってたんだ。

入り口はせまく、大人2人が並んで
入れる程度で、

上に太い注連縄が渡してあった。

ここは鍵などはついておらず、
まあ村の主だった者なら誰でも
入ることはできた。

むろん照明はないから懐中電灯が
必要だ。

20mほど同じ幅の洞穴を進んでいくと、
ぽっかりとホール状の場所に出る。

そうだな学校の教室4つ分ほどの
広さで、百畳敷と呼ぶ人もいたな。

中は涼しいなんてもんじゃない。
温度計を持って入ったことはないが、
気温は零下だったろう。

それは普通じゃありえないさ。

たいがいのところは洞内の気温は
15度内外。
そこだけは特別なんだ。だから氷穴って
呼ばれた。

なにせ、そこのホールの壁には
厚い氷が張ってたからな。

33: もっふるさん 2019/02/08(金) 06:16:11.70 ID:1GXNPrL+0
なぜその洞穴だけ異常に温度が
低いのかって?

それをこれからだんだんに説明して
いくんだよ。そんなに慌てなさんな。

なにせほら、来るときは真夏の
格好だったろう。

その頃の小学生なら定番の
ランニングシャツに半ズボンだ。

だから道中暑かったのが、中に5分も
いると、嘘みてえに寒くなってくる。

俺が震えだすと、じいさまは笑って
「外をひとっ走りしてこい」
って言うんだ。

洞穴の外はいわゆるガレ場で、
大小様々の角ばった石がごろごろ
している。

そこで石投げをしたり、珍しい石を
集めたりしているうちに体温が上がって、
また洞穴に入る、それを何度も
繰り返すわけだ。

今ならサウナに出たり入ったり
してるようなもんかな。違うか?

じいさまは、たいがいは外に出てて、
煙草をふかしてることが多かったな。

あまり中にいるのが好きじゃない
みたいだった。

ま、あの冷たさじゃ年寄りの関節には
よくないだろうが、それだけじゃない。

おびえているような感じがした。
怖がってるのを俺に知られまいと
隠しているような態度。

まあこれは、今になってそう思うん
だがね。
村の者を見かけたことはないな。

山道を5時間だから、もちろん
ちょっくらとは来れるとこじゃない。

しかしそれだけでもない。
なんというか、そこらの地域では
あまり好まれない場所だったんだ。

俺とじいさまが行けたのも、
村の中ではかなりの山持ちだった
せいがあるんだろう。

ああ、山持ちってのは山林の所有権の
ことだ。

農地開放前は、小作をたくさん抱えた
豪農だったんだよ。

でな、氷穴の話に戻るが、さっきの
ホールのところで行き止まりと
いうわけじゃない。

また細くなった奥へと通ずる道が
あって、そこは鉄柵で塞がれてた。

34: もっふるさん 2019/02/08(金) 06:17:12.85 ID:1GXNPrL+0
一本一本が子どもの腕ほどもある
鉄棒が岩に埋め込まれててね。

これはそんなに古いもんじゃない。
戦争中に旧日本軍が造ったもんだよ。

むろん鉄柵も凍りついてて、そこに
巨大な錠前がついてたんだ。

当時・・・鍵は村議会で管理してたが、
その奥に入ることは10年に1度ほど
しかなかったはずだ。

入ったことがあるかって?
ああ、1度だけある。その話を
これからするんだよ。

氷穴の奥に入るのは、大きな地震が
あった後の確認のためだ。

震度にすればだいたい4か5以上の
とき、村の青年団に招集がかかって、
みなで氷穴の奥に入るんだよ。

俺が青年団のとき、つまり結婚前って
ことだが、秋口に大きめの地震があって、
そんときに皆と一緒に入った。

その頃になると林道が通ってて、
岩山の麓までは車で行くことが
できるようになってたから、
山登りは2時間くらいだった。

青年団は12人で、村長が団長だったな。

奥に何があるか、俺は知らなかったが
知ってるやつもいた。
でもこれは、語るな聞くなの、
一種の禁忌になってて。

俺は22歳だったが、団員の中には、
8年前の地震の後に氷穴に入った
経験者もいたはずだよ。

完全防寒した12名の団員、村長と
村会議員・・・

村長は高齢だったから中には入らず、
一番若手の議員が鍵をあずかり、
松明を焚き、2列になって注連縄を
くぐった。

すぐにホールに出て、錠に魔法瓶の湯を
かけて溶かし、鍵を差し込んだ。

でもな、扉は凍りついているから、
みなでノミを使って氷を落とさなきゃ
ならなかった。

これだけで小一時間かかった。

そっから先は1列でしか進めない
氷の通路で、高さも掲げた松明が
つっかえるくらい。

曲がりくねって吐いたが、分岐は
なく一本道だった。

でな、その氷穴の凍りついた壁だが、
反射する松明の明かりが全体に
緑っぽくなってきた。

35: もっふるさん 2019/02/08(金) 06:18:50.39 ID:1GXNPrL+0
分厚い氷の奥が金属質に感じられた。
15分ほど進むと、またホールに出た。

今度は小学校のグランドほどの広さが
あった。

そこは、松明がなくても薄ら明るかった。
みなの吐く息が緑色になって見えたよ。

入ったとき、団長代理の村会議員が
「温度は上がってないぞ」
と言った。

中央に複雑な形のチューブの束の
ようなものがあって、これも
凍りついている。

冷蔵庫の氷のように空気が入って
白くなってるわけじゃなく、
ガラスのように透明で、下に
なっているものがよく見えたな。

一本が人間の胴ほどもあるチューブが
うねるように絡み合っていて、
それに囲まれるように、金属光沢の
四角い台が氷の中にあった。

その上に、3mほどの・・・全体と
して白い繭に見えるものがあり、
横に人が立っていた。

むろんどっちも氷に覆われてて、
つまり生きた人じゃない。

その初老に見える人物は、旧日本軍の
軍服を着て、軍刀を繭に突き立てた
状態で凍りついていたんだ。

「整列!」

議員が声をふりしぼり、俺らは
2列横隊になった。

「西村大佐殿に敬礼!」

掛け声に合わせ、その凍りついた人に
向かって皆が敬礼をした。

後で聞いたことだが、この人は戦争中に
村の高等小学校に軍事教練の訓導に
来ていた、退役した陸軍大佐という
ことだった。なぜ立ったまま凍りつき、
この氷穴でタヒんでいるのかは、
今になってもよくわからない。

それと大佐殿が突き立てている
凍った繭・・・

これは白色だが濃淡があって、繭の中に
人型のものがいるようにも見えた。

けどよくわからない。もし人なら、
2m50cm以上の身長ってことになる。

それはありえないよな。

全員で四方の壁を見て回った。
地震による崩落がないかどうかだ。

確認する度に、議員が
「異常なし」
と大声をあげた。

36: もっふるさん 2019/02/08(金) 06:20:23.95 ID:1GXNPrL+0
最後に、議員と青年団の副団長が
チューブの山を滑りながら苦労して登り、
文字どおり立ち往生している大佐殿の
凍った軍刀に手をかけ、力を入れて
揺り動かした。

「ゆるみなし、異常なし!」
議員が叫んだ。

ま、これで終わりだ。

あとはもう一度敬礼をして、みなで
来た道を引き返すだけだった。

え? 繭とその中のものは何かって?
聞かないでくれ。

俺にはわからないよ。

ただあの洞穴を凍りつかせている冷気は、
チューブの塊から出ているんだと思った。
つまり巨大な冷凍庫ってことだな。

この後、27歳のときに俺は結婚するんで
村を出たんだ。両親もよそへ引っ越した。

過疎化が進んで人口が半減しているが、
青年団はまだあるみたいだ。

で、最初に言わなかったが、この氷穴が
ある村は東北の某県なんだよ。

だからあの大震災の後にも、
氷穴に入ったらしい。

村は山奥だから津波の被害はなかったし、
地震の揺れもそこまで大きくはなかった。

こっからは昔の同級生なんかから、
切れ切れに情報を集めたもんだから、
信憑性はあんたらのほうで判断してくれ。

どうやら氷穴の冷却装置?
が止まってたらしいんだよ。

地震の影響なのか、それとも機械の
寿命かはわからんけど。

それで、氷穴の中で青年団のやつらが
何人かタヒんだみたいなんだ。

表向きは震災の犠牲者ってことに
なったらしい。

噂では、氷穴は自衛隊のヘリで重機を
空輸するという大掛かりなことをして、
入り口を塞いで、さらに周囲を
コンクリで固めたっていうことなんだよ。

そのあたり一体は立入禁止になって、
今も解除されてないらしい。

原発事故の陰に隠れて、この話は
聞こえてこなかっただろうが、
わけがわからねえよな。

戦時中にあそこでいったい何が
起きたんだろう?

あの大佐殿は何に刀を突き立てたんだ?

41: もっふるさん 2019/02/08(金) 15:42:32.82 ID:JyrT52Xz0
創作でも面白いわ!

久しぶりにここで意味のある
文章に出会えた

西村大佐面白かった 
ありがとう

65: もっふるさん 2019/02/10(日) 14:57:58.92 ID:t5OdPCLM0
凍ってやがる。 早すぎたんだ。


再び洞穴に入る者はさらに
おぞましきものを見るだろう。


引用元
http://mao.5ch.net/test/read.cgi/occult/1549521242/


人気ブログランキング


ポチッとお願いします(*´꒳`*)



 

sponsored links